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5月1日

慶応4年(1868)
佐賀藩とグラバー商会合弁企業、北渓井坑立坑開削に着手
英人技師モーリスを雇入れ開削に着手、掘進にツルハシと火薬、蒸気の巻揚機、排水は初めは水車、のち蒸気ポンプ、通気は扇風機と風穴、照明はランプと安全灯を使用、人力・馬車による四輪車を使用(これはわが国最初の坑内炭車)。

昭和21年(1946)
浪曲師 松浦四郎来演(3円)

昭和22年(1947)
勤務時間は、坑内外とも拘束8時間制に

昭和27年(1952)
社船夕顔丸、乗船者制限
海運局の通達により、従業員及びその家族の会社関係者以外の乗船を禁止。

昭和34年(1959)
第30回メーデーを開催
28日前夜祭に博多淡海の公演、「うたごえの会」の合唱などを開催。

中学校制服を制定

昭和41年(1966)
各組合合同運動会実施
労組・職組・教組・自治労共催の運動会がメーデー式典後開催。

昭和43年(1968)
高島中学校に初めて特殊学級を開設
生徒数9名の1学級を開設。

昭和48年(1973)
町勤労者福祉会館及び体育娯楽センター開所式並びに町総合落成式
倉成・初村両国会議員、西彼郡内町長、議長ほか町内外約600名参列し、式典・祝宴を開催。福祉会館は。建設工事費70,112千円(このうち町負担金31,112千円、雇用促進事業団負担金39,000千円)。鉄筋コンクリート造4階建、面積1,132㎡、全館空調設備付きの産炭地労働者福祉施設高島総合福祉センターとして、47年9月29日起工式。1階は事務室、食堂、管理人室、2階は大広間、3階は労働講座室、4階は宿泊室。

昭和49年(1974)
メーデーを新設の西浜グラウンドで開催
第45回メーデーを初めて新設の西浜グラウンドで開催。

昭和59年(1984)
高島労組メーデー行事、5年振りに高島で開催
今までは、長崎地区の統一メーデーに代表が参加していたが、今年は、5年振りに高島で実施、東海岸で地区対抗の綱引き大会が行われた。

昭和61年(1986)
高島労組、長崎地区メーデー集会に参加し、高島の存続を訴える
高島労組より340名が参加して、支援要請及び決意表明し、採択され先頭に立ってデモ行進。

平成3年(1991)
大竹しのぶ、ロケのドラマがテレビ放映
題名「別れてのちの恋歌。不倫の汚名に耐えて12年、初めて明かす愛の真実」NIB放送9時30分~11時30分まで放送。

平成10年(1998)
平成の「目安箱」を設置
町民の行政に対する意見、要望を聞く目安箱を本町、北渓井坑入口のバス停とターミナルの2ヶ所に設置。
[ 2007/05/01 07:35 ] 長崎 | TB(0) | CM(0)

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