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6月18日

明治21年(1888)
「高島炭坑問題」本格化
20年12月17日福陵新聞に「高島炭坑坑夫の惨状」の記事が掲載され、これに端を発し、21年6月18日雑誌『日本人』の記事が大反響を呼ぶが、21年9月13日政府の調査発表で論争に終止符を打った。

昭和12年(1937)
詰所制度を設ける
居住上の管理統制は勿論、労務者各自の公私生活全般にわたり指導世話の責に任ずとの主旨で設けられる。

昭和21年(1946)
劇団永久座来演(入場料3円)

昭和23年(1948)
職員組合主催「二十の扉」大会を開催
ラジオで好評の番組「二十の扉」を取り入れ、問題は各課持ち回りの迷題、奇題より選び開催。百余名の出席者の所望で予定時間を延長するほどの盛会であった。

昭和33年(1958)
炭労、春闘100日スト妥結
炭労は2月23日に賃上げ要求を提出するが、「ナベ底景気」に入りつつあった情勢のため困難な闘いとなり、3月13日より20日まで断続的に5日間の一斉全面ストを実施し、更に高島労組は21日よりは炭労指令により重点無期限ストに突入するが、突入の組合員には、生活給として炭労全山のプールカンパや、地元商店の5分~1割引の協力などがあり、従って余り危機感がなく膠着状態の争議となるが、遂に6月3日斡旋が入り、13日受託を表明し諸問題の処理を図り、6月18日重点ストを解除するが、全面ストと併せて100日間の長期ストとなり解決。

昭和57年(1982)
牧村三枝子、夕張新砿遺族救済と高島慰安のコンサートを開く
カンテラにふるさとを求めて、ポリドールの人気歌手、牧村三枝子が夕張新砿の遺族救済のチャリティーコンサートを開くが、夜の公演に先立ち入坑前の坑員に、ヒット曲「みちづれ」などを歌い激励。
[ 2007/06/18 07:17 ] 長崎 | TB(0) | CM(0)

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